「出社しても話さない」はなぜ?偶発的コミュニケーションを生む、次世代オフィス設計の思想とは
コラム

リモートワークと出社を組み合わせた働き方が広がり、私たちの働く環境は大きく変わりました。
しかし、久しぶりにオフィスへ出社しても「誰とも話さなかったな」と感じたことはありませんか。
本来、オフィスは人と人が顔を合わせ、情報やアイデアを共有し合う場所のはずですが、なぜ会話のない日が増えてしまうのでしょうか。その原因は、単なるコミュニケーション不足ではなく、働き方の変化によって「コミュニケーションの質」が変わったことにあります。
本記事では、オフィスを「コミュニケーション空間」として再定義し、そのための設計のヒントや事例を紹介します。
なぜ「出社しても話さない」状況が生まれるのか
出社時の会話減少は偶然ではなく、働き方や環境の変化に根ざした現象です。ここでは、ハイブリッドワークやオフィスの役割変化、心理的な壁など、複合的な要因を探ります。
ハイブリッドワークやオンライン会議がもたらした変化
コロナ禍を経て、多くの企業でハイブリッドワークが定着しました。その結果、出社日であっても多くの会議がオンラインで行われるようになり、同じ空間にいる同僚と話す機会が減っています。
例えば、隣の席に同僚がいても、それぞれイヤホンをつけて別の会議に参加している光景は珍しくありません。
こうした状況では「出社=対面交流」という従来の前提が成り立たなくなり、会話の機会が自然に減少します。
目的のない出社が部署やチームのつながりを弱める
なんとなく出社してしまうと、気づけば自席で一日中ひとり作業…ということになりがちです。
そんな日が続くと、部署同士のつながりが薄れ、いわゆる“サイロ化”が進んでしまいます。結果として、職場の雰囲気だけでなく、社員のやる気や会社への愛着(エンゲージメント)まで低下してしまうのです。
エンゲージメントは、労働生産性や営業利益率とも深く関係しており、コミュニケーション不足は知らず知らずのうちに会社全体のパフォーマンスに影響を与えてしまいます。
オフィスに求められる役割は「交流」と「体験」へ
ワーカーの意識も変化しています。株式会社ジェイックの調査では、若手社員の8割が会社での非公式コミュニケーションを必要と感じているといいます(※1)。これは、オフィスでしか得られない人とのつながりや一体感といった「体験」を求めていることの表れです。オフィスはもはや単なる作業場所ではなく、交流を促す戦略的なハブとしての役割が強く求められています。
オフィスを「コミュニケーション空間」として再定義する

オフィスの価値を再び高めるためには、作業効率だけではなく、人と人がつながる場としての機能を重視する必要があります。ここでは、その意義や具体的な視点を整理します。
オフィスの価値は「作業効率」だけでは測れない
オフィスの価値は、単に業務をこなすための効率性では測れません。偶然の会話や雑談から新しいアイデアが生まれることもあれば、同僚の何気ない一言が業務改善のきっかけになることもあります。これらはリモートでは再現しづらく、物理的に同じ空間にいるからこそ生まれる価値です。
こうした交流は、チームの信頼関係を育む基盤にもなります。
偶発的な接点が生まれることの組織的メリット
Google社が実施した「プロジェクト・アリストテレス」という調査によれば、生産性が高いチームの最も重要な共通点は、他でもない「心理的安全性(自分の意見や考えを安心して発言できる状態)」でした(※2)。従業員が安心して意見を交わせる環境は、予期せぬ出会いや雑談から生まれます。偶然の出会いや会話は、業務上の直接的な成果以上の効果をもたらします。このような接点は意図的に設計しない限り、自然には増えにくいものです。
オフィス設計を通じてこうした場を意図的に創出することが、チームのパフォーマンスを最大化させるのです。
コミュニケーション設計の視点から考える空間デザイン
海外の大手設計事務所Genslerの調査によれば、優れた職場体験は、従業員の定着率やパフォーマンスに大きく貢献するとされています(※3)。オフィスを単なる器としてではなく、従業員にポジティブな「体験」を提供する場として設計することは、働きがいや創造性を引き出すための重要な投資です。
魅力的なオフィス体験は、優秀な人材を引きつけ、維持するための強力な武器にもなります。
コミュニケーションをデザインするオフィス設計のための3つの具体的アイデア

偶発的なコミュニケーションを創出するためには、具体的な空間設計の工夫が求められます。
ここでは、すぐに試せる工夫から本格的なものまで、多様な働き方を支えるオフィス設計のアイデアを紹介します。
人が自然に交わる動線を意識したレイアウト設計
社員がオフィス内を移動する動線を意図的に交差させ、出会いの機会を増やす「クロスポイント」の設計は有効な手法です。
例えば、主要な通路を一本化したり、部署ごとに分散しがちなコピー機や資料棚などの機能を一箇所に集約したりすることで、異なる部署の社員が自然と顔を合わせる機会を創出できます。これにより、普段接点のない社員同士の会話のきっかけが生まれます。
自然な立ち寄りと会話をうながすマグネットスペースの設計
人々が磁石(マグネット)のように引き寄せられる魅力的な空間を設けることも重要です。
例えば、質の高いコーヒーが飲めるカフェスペースは有効ですが、コストをかけずとも実現できます。ウォーターサーバーの横に伝言やアイデアを書き込める小型のホワイトボードを設置するだけでも、人が自然と立ち止まり、会話が生まれるきっかけになるでしょう。このような小さな工夫の積み重ねが重要です。
多様な交流と働き方を両立させるABWとゾーン設計
ABW(Activity Based Working)は、業務内容に合わせて働く場所を選ぶ働き方です。この考え方に基づき、オフィス内に多様な機能を持つゾーンを設けることが、コミュニケーションの活性化につながります。
例えば、集中して作業するための「フォーカスゾーン」、複数人で活発に議論する「コラボレーションゾーン」、静かに休憩する「リラックスゾーン」などを明確に分けることで、社員は目的に応じて最適な環境を選択し、質の高い業務と交流を実現できます。
成功事例に見る「会話を生む仕掛け」

他社の取り組みを参考にすると、交流を促すオフィス設計の具体像が見えてきます。 ここでは、成功と失敗の両面から学べるポイントを紹介します。
必ず人が交わる動線上に交流スポットを設ける
交流を生むオフィス設計に成功している企業には、いくつかの共通点があります。
例えば、動線上に必ず立ち寄るカフェスペースや、部署を超えて利用できる多目的エリアを配置しているケースです。また、固定席を廃止して日替わりで座席を選べる運用を取り入れることで、普段接点のない人と隣り合うきっかけを作っています。これらは単なるインテリア変更ではなく、人の動きや関係性をデザインする工夫です。
空間設計と交流イベントを組み合わせて活用を定着
空間の工夫だけでは交流は長続きしません。成功している企業は、文化的な施策も合わせて実施しています。
例えば、週に一度のランチ会や、朝の短時間ミーティングを立ち話形式で行うなど、日常に交流の習慣を組み込む方法です。こうした「使い方のルール」を明確にすることで、スペースが持つ可能性を最大限に引き出しています。
人が寄りつかない・邪魔になるレイアウトを避ける
失敗の多くは、見た目の良さだけを追求してしまうケースです。
例えば、スタイリッシュなラウンジを作っても場所が端にあり、人が通らないため利用されないという例があります。また、会話を促すつもりでオープンスペースを設置したものの、逆に集中作業中の人の邪魔になり、利用が敬遠されることもあります。成功には、レイアウト・利用ルール・文化の三位一体の設計が欠かせません。
オフィス設計を成功に導き、継続させるためのポイント

優れたオフィス設計は、導入して終わりではありません。その効果を最大限に引き出し、持続可能な仕組みとして定着させるためには、空間デザイン以外の要素にも目を向け、継続的に改善していく視点が不可欠です。
制度やツールと連携させて文化として根付かせる
物理的な空間という「ハード」の刷新だけでなく、それを活かすための社内制度やコミュニケーションツールといった「ソフト」との連携が成功の鍵を握ります。
例えば、部署横断プロジェクトを奨励する制度や、社員の居場所が分かる在席管理ツール、気軽に感謝を送り合えるサンクスカードアプリなどを導入することで、オフィス設計の思想が組織文化として根付き、コミュニケーションはさらに活性化していくでしょう。
誰もが心地よく働ける多様な環境を用意する
すべての従業員がその能力を最大限に発揮できるためには、多様性への配慮の視点が重要です。音や光に敏感な人、あるいは活気ある環境を好む人など、個々の特性に合わせて環境を選べるよう、静かな集中ブースからオープンなエリアまで、多様なプライバシーレベルの空間を用意することが求められます。これにより、誰もが心地よく働けるインクルーシブな環境が実現します。
まとめ
これからのオフィスに求められるのは、単なる機能性や効率性だけではありません。いかにして人と人との間に創造的な化学反応を生み出し、組織全体の活力へと繋げていくか。オフィスを戦略的なコミュニケーションの場として捉え直すその視点こそが、変化の激しい時代を勝ち抜くための、企業の未来への最も重要な投資となるでしょう。
出典
※1/株式会社ジェイック:【調査】若手社員の「会社での非公式コミュニケーション」を調査 https://www.jaic-g.com/news/pressrelease/news-2764/
※2/re:Work with Google:「『効果的なチームとは何か』を知る」 https://rework.withgoogle.com/jp/guides/understanding-team-effectiveness/
※3/Gensler:「Gensler’s Global Workplace Survey Marks 20 Years of Insights, Unveils a New Framework for the Future of Work」https://www.gensler.com/press-releases/global-workplace-survey-2025